八ヶ岳キリスト教会

八ヶ岳キリスト教会は、山梨県北杜市高根町にある緑豊かな大自然と、美しい八ヶ岳や南アルプスに囲まれた、小さいけれど暖かいプロテスタントのキリスト教会です。

【教会の住所・電話】


〒408-0012
  山梨県北杜市高根町箕輪3219-2

  教会電話:080-3450-8759

二回目のブログです。

二回目のブログです。

 

 

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第二回目のブログです。

現在2018年5月3日(水)です。

礼拝からかなり時間が経過してしまいましたが、もし、お手すきの時間がありましたら、本ブログを読み、楽しんだり癒やされたりして頂けたなら、筆者としては大変うれしく思います。


さて、2018年4月29日の主日礼拝についてお話しますね。

まず、聖書箇所は、「旧約聖書 詩編103篇1~5節と、105篇1~4節」です。

 

<聖書箇所・103篇>

103:1 わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。

103:2 わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、

103:4 あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、

103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。

 

<聖書箇所・105篇>

105:1 主に感謝して、御名を呼び求めよ。そのみわざを国々の民の中に知らせよ。

105:2 主に歌え。主にほめ歌を歌え。そのすべての奇しいみわざに思いを潜めよ。

105:3 主の聖なる名を誇りとせよ。主を慕い求める者の心を喜ばせよ。

105:4 主とその御力を尋ね求めよ。絶えず御顔を慕い求めよ。

 

次に、説教の概要は次のとおりです。

<説教内容>

・ 祈りは神様とのホットラインです。

・ 神様は私達の祈りを決して忘れません。

・ 日曜学校で学んだ子供たちも、神様は決して忘れません。

・ 私達はみんな罪人ですが、イエス様の血によって救ってくださいます。

・ イエス様のくださる平安は、世の与えるものとは違います。

・ 神様は祈りをきかれていて、祝福を与えてくださいます。

・ 神様への祈りは150%叶えてくださいます。

・ 神様がしてくださった良い事を思い起こしてみましょう。

・ あなたが、何気なく教会へ来たと思っていても、実は神様の導きによって教会に来ているのです。

・ 神様は、私達を愛していてくださいます。

・ 私達を愛してくださっている神様に、心から祈りましょう。

 


<罪人の僕>

こんな罪を犯しました。

いや、正確には、人を赦したことあったのです。

ノンクリスチャン時代ですが、2回ほどしっかりと赦しました…

ただ、その赦し方に罪が感じられて仕方がありません。

 

まず一回目。

僕を小学生の頃からイジメまくっていたクソッタレ達が居ました。

教室内で、この僕を集団で殴る蹴るって感じで、これが6年間毎日続いていました。

何が辛いって、この無様で屈辱的な姿を、僕が想っている女子に見られることが一番つらかったですね。

よって、恨みも激しく大きい!

 

で、中学3年のとき、ある憎きいじめっ子が、僕と同じ高校を受験しました。

で、受験の結果、僕は合格し、ヤツは落ちました。

そして、ヤツはクラス担任に頼み込んで、ショボいFラン高校に裏口入学していきました。

 

僕は、最高に幸せな気分になり、腹の底から大笑いしました。

このことにより、僕はヤツを赦しました。

 

で、2回めは、もっとスケールが大きい赦しです。

これは、僕が35才ぐらいのことでした。

小学校時代のイジメにより、恨み続けてきたクソの家が火事になりました。

その家の燃えっぷりがスゴイく、炎だけではなく、ガスボンベにでも引火したのか、時々小爆発が起こっていました。

僕はこれを見て、腹筋崩壊して呼吸困難で死ぬほどに笑い転げました。

のみならず、クソの家で小爆発が起こるたびに、痛い腹筋を駆使して、「たまや~!」と叫んでいました。

この喜びは、独り占めするのがもったいなくて、沖縄で働いているいじめられっ子仲間の幼馴染に電話して、2人で大笑いしました。

 

沖縄君「火事ってマジ?」

僕「マジだ!今燃えてる!爆発も起こってるぞ!」

沖縄君「今夜は美味い酒が飲めそうだな!」

僕「ああ、最高だ!爆発するたびに「たまや~!」って叫んじゃったよ!」

沖縄君「おお!イイじゃん!「たまや~!」」

 

こんなゲスな会話をお笹馴染みとして、僕は「火事の君」に対する恨みは全くなくなり、赦していました。

 

「不合格の君」にも「火事の君」にも不幸が訪れたわけですが、彼らの不幸により優越感を得て、意味はないのですが「俺は奴らを超えた」という感覚を持ちました。

僕は自分の手による復讐など全くしていませんが、大喜びして笑い倒しました。

この部分って罪な感じがあります。

この様な敵が自爆した場合、笑い倒すよりも、ヤツに寄り添い慰めることが神様の御心なのでしょうが、肉とは弱いものですね。

 

さて、しっかり悔い改めて行こうかなぁ。

 

こんな罪人でも教会に通っています。

イエスさまのおっしゃるに「丈夫な者に医者はいらない、医者のいるのは病人である。・・・わたしは正しい人を招きに来たのではない、罪人を招きに来たのである。」だそうです。(マタイ9:12-13)

罪を持っている人ほど、神様は教会に招いてくださるんですね。

 

長文失礼しました。

2018年5月3日

大盛りうさぎ

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コメント

  • 大盛りうさぎ より:

    大盛りうさぎによる書き込みテスト

  • 自然体で生きたい老人 より:

    八ヶ岳キリスト教会のホームページに素晴らしいブログが
    始まってすごく嬉しいです。 主に感謝。

    罪な証しのほかに感謝の証しも交えて、あまり頑張らないで
    無理のないところで続けてください。

    たまには休みの週があってもいいですよ。

    応援しています。

    • 大盛りうさぎ より:

      コメント、ありがとうございます。
      「感謝の証」も良いですね。
      神様が祝福してくれたことについても書いていこうと思います。

      2018年5月4日
      大盛りうさぎ

  • ドングリジイサン より:

    小学生時代いじめられっ子、中学生時代いじめっ子でした。
    いま同窓会、悪ガキ飲み会で顔を合わせると(敬意をもって
    愛する)リスペクトな関係を心がけています。
     
    ”わたしの目にはあなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛している” イザヤ43;4

    • 大盛りうさぎ より:

      お互い尊敬し会える関係って良いですね。

      自分の場合、いじめられっ子専門でしたので、いじめられっ子同士で仲良くなりました。

      イジメも孤独だと大変きついものですが、いじめられっ子同士で繋がると、結構救われますね。

      僕たちはいじめっ子に迫害されてているけど、主は、「わたしの目にはあなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛している」とずーっと言い続けてくれていたんですよね。

      神様の御言葉にはいつも救われますね。

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